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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第1節 女子の季節 [3]




 浜島は白い息を吐く。
 大迫(おおさこ)美鶴には、こちらが指示した大学を受けてもらう。受験料や交通費など、もちろん親持ちだ。もし嫌だと言うのなら。
 瞳を細める。
 その時は我が校の規則に従ってもらうまでだ。
「あなたの考えはわかりました」
 心中などおくびにも出さず、軽く頭を下げる。
「では、そのつもりでこちらも応対させていただきます」
 そのあまりにも紳士然とした態度に詩織はやや面食らったが、そんな相手などを気にする事もなく、浜島は今度こそ背を向け、深夜の闇に消えていった。



「今すぐってワケじゃないんでしょう?」
 綾子の言葉に頷く。
「まぁね」
「だったら、とりあえず心配する事はないんじゃない? トラブルを起こさなければいいわけだし」
「それは、まぁ、そうなんだけど」
 店員が二人分のチョコミントアイスを持ってくる。
「トラブル、起こしそうなのよねぇ」
「なぁに? 何かあるの?」
 パクリとアイスを頬張る綾子。
「ひょっとして、私があなたの身の上をバラしたのが問題、とか?」
「あ、違う違う」
 詩織はスプーンを持った手を軽く横に振った。
「勝手に話したのは悪かったと思ってる。ホント」
「気にしないで。こっちも気にしてない。むしろありがたいくらい」
「ありがたい?」
「いつかは話さなきゃならない事だったからね。でもさ、どの(つら)で話せばいいのかもわかんないし。ほら、私にこんな辛気臭い話は似合わないでしょう?」
「似合う似合わないの問題じゃないでしょう?」
「そう? でもさ、私がこんな話をクソ真面目にしたって、信憑性もなにもあったもんじゃないわ。ひょっとしたら、美鶴はまったく信じなかったかもしれないし。それにさ、私としては自分の選んだ道を後悔しているつもりはないからね、同情されたりするのも不本意だし。まぁ、美鶴が私に同情するとも思えないけど」
「そうかしら? あなたの事だって、ちゃんと心配してくれてると思うんだけどな」
「だといいんだけどね」
 詩織もアイスを一口。
「でも、ま、綾子ママが間に入ってくれたお陰で美鶴にも事情がわかってもらえたワケだし」
「私だって、無関係ってワケでもないんだし。それに、もう知ってもいい年頃だもんね」
 綾子は感慨深げ。
「自分の進路に悩んでるみたいだった。あなたの身の上を知りたがるのもわかるわ」
「うん、そうね」
 自分の進路。そうだ、美鶴はもうすぐ進む道を選ばなければならない。
 美鶴の進路に関しての意見を学校から求められたりもしている。だが詩織は無視している。当人を差し置いてこちらが意見などを言うべきではないと思っている。
 そうだ、美鶴が進みたいと思う道があるのなら、出来る限りそれを尊重してあげたいとは思う。だが、その為には。
「美味しい。久しぶりだけど、やっぱり美味しい」
 言いながらチョコミントを口にする相手に、詩織は曖昧な笑みを浮かべた。
「で、どうするの? その山脇って男の子とのキス写真について、あれこれ問いただすワケ?」
「冗談でしょう?」
 大口を開けて笑い飛ばす。
「キス一つでギャーギャー騒ぐだなんて、バッカじゃない」
 唐渓の他の保護者が聞いたら、顔を真っ赤にして反論するだろう。想像するだけで可笑しくなる。
「じゃあ何? 浜島って人の言いなりになるワケでもなし、写真も無視。自分の考えはきっちり決まってるみたいだけれど」
 北風が窓を揺らす。
「なら、今日は何の相談?」
「相談事なんて、無いわよ」
「じゃあ、どうして今日、私はあなたに呼び出されたワケ?」
「新年のご挨拶」
「もう二月なんですけど」
 一拍置き、二人はふふっと笑った。
「ママの顔見たら吹っ切れた」
「そう?」
「うん」
 最後のチョコミントを平らげ、ホッと息を吐く。店員がやってきて水を勧める。注がれる透明な液体を眺めながら、詩織は少しだけ解放された心内で呟いた。
 正直、本当にあんまり口出しはしたくないし、私はそもそも母親なんて名乗る資格もないんだろうけど。
 風がまた、窓を叩く。
 でもまぁ、ここはやっぱり、口出ししておくべきなのかもしれないな。誰かが口出ししなけりゃ、美鶴はこのまま宙ぶらりんなのかもしれないし。余計な口出しするなって、怒鳴られるんだろうけど。
 想像して、思わず噴出しそうになる。
 恨まれ役も、仕方ない、か。ってか、母親って、そもそもこういう役回りが本来なのかもしれない。
 ふと、自分の母を思い浮かべる。恨まれたり嫌われたりするような人間ではなかった。常に周囲に合わせ、特に夫には従順で、誠心誠意尽くして、挙句の果てに離縁されてしまった母親。もう何年も会っていない。
 恨まれず、嫌われずに立ち振る舞う事が、常に正しい事なのだろうか? まぁもっとも、トラブルなどは起こさないに越した事はないのだろうが。
 でもこの場合、誰かが恨まれないとねぇ。あの浜島って教頭、完全に美鶴をマークしてるみたいだし。
 浜島、か。
 詩織はペロリとスプーンを舐める。
 厄介そうだな。ったく、本当に世話の焼ける娘。まるで、私みたい。
 カランッと入り口の音がして、サラリーマンが二人入ってきた。





「ありがとね」
 ツバサは小箱に結んだリボンの端を切り、長さを揃えて満足気に頷く。
「やっぱシロちゃん、料理上手いね」
「そんな事ないよ」
「謙遜する事ないよ。手際いいし、味覚もいいし。やっぱ料理って段取りが大事だよね」
「準備さえしっかりしておけば、あとは作るだけだって」
「簡単に言ってくれるなぁ」
 ツバサの言葉に、シロちゃん=田代(たしろ)里奈(りな)は苦笑する。
「でも、うまく作れて良かったね。(つた)くん、喜んでくれるといいね」
 屈託無く微笑む顔を見ていると、ツバサは自分の醜さに少し嫌気がさす。
 中学時代、コウ=蔦康煕(こうき)と付き合ってきた頃、シロちゃんもやっぱり彼に手作りのチョコレートを渡したのだろうか?
 そんな事、どうでもいいじゃんっ!
 言い聞かせる。
 今は二人は何とも思っていないんだから。だから、アンタが気にする事ないのよ。
「ツバサ?」
 突然黙ってしまった相手に、里奈は怪訝そうに声を掛ける。
「あ、ははっ ごめんごめん」
 慌てて片手をあげ、笑ってごまかす。
「いやぁ、本当に自分って不器用だな、って思ってさ」
「そんな事ないよ。初めてにしては手際も良かったと思うよ」
 戸棚を閉めながら笑う。
「でもどうしたの? いきなり手作りのチョコだなんて? 蔦くんからのリクエスト?」
「ううん、そうじゃないんだけどね。去年は既製品だったしさ。それにコウは私には手作りのチョコなんて無理って決め付けてるだろうからね、今年はちょっとびっくりさせてやろうと思ってね」
「きっとびっくりするよ。でも喜んでくれると思うな」
「だといいんだけどねぇ。雪でも降るんじゃないのかぁ? なんて冷やかされたりしてね」
「ふふっ」
 里奈は淡雪のように笑う。







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